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2019.6.15

『年金で不安をあおる不見識』

こんにちは。平木だいさくです。

金融庁の審議会が作成した、ある報告書が話題となっています。

メディアから『老後2000万円』報告と名付けられたこのリポートは、今週月曜日に安倍総理出席のもとで開催された参議院決算委員会でも盛んに取り上げられ、注目を集めました。

問題とされたのは、報告書の次のような文言です。

「夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円」
「まだ20~30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1,300万円~2,000万円になる」

読んで心配になった方も多いのではないでしょうか。

一部の有識者からは、

「書いてあること自体は間違っていない。政治家が語りたがらない現実だ」
「これを契機に、年金の議論に関心が集まるのは良いこと」

と言った声も聞かれますが、かつて資産運用の世界の片隅にいた者としては、こうしたコメントは看過できません。

なぜなら、この出来の悪い報告書は、総理答弁にもあるとおり、「不正確であり、誤解を与えるもの」だからです。間違った前提から出発しても、まっとうな議論は到底期待できません。

第一に、家計の将来計画というものは、現役世代であれ、シニア世代であれ、お一人おひとりの状況に応じて作らなければ、全く意味がありません。

ある日、ライフプランナーがやってきて、「日本における平均的な退職金は2,000万円、平均的な年金は月15万円、平均的な貯金額はいくらで、平均的な支出は・・・」などと言われても、「私はそんなに貰っていません!」「そんなに使いません!」と言いたくなりますよね。

本気で将来計画を作ろうとすれば、持ち家なのか借家なのかから始まり、定年後も働く意思や場所があるのか、旅行には年何回行きたいのか、何にお金を使い、何なら我慢できるのか等々、詳細な分析から出発しないことには話になりません。

第二に、仮に「平均的な」高齢者世帯の現状を描くのであれば、使うべき数字は「平均値」でなく、「中央値(メジアン)」が妥当です。

統計の難しい話は割愛しますが、例えば個人資産について「平均値」を用いて議論すると、一般的には“大資産家”に引っ張られて数字が上振れすることが知られています。

5人の国民からなる国があるとして、それぞれの貯金額が10万円、12万円、15万円、20万円、1億円であったとします。

この時、国民の貯金額は「平均値」で2,011万円、「中央値」だと15万円。

どちらが「平均的な」貯金額の姿であるかは自明です。

そして第三に、『人生100年時代』の議論を矮小化し、資産運用の話で片付けようとしてしまった点も問題です。

最近よく聞くようになった『人生100年時代』というコンセプトは、世界的な長寿命化の流れを受けて、これまでのライフスタイルや人生設計、更には社会制度設計を見直そうというものです。

単純化してご紹介するならば、かつては20歳から働いて60歳で定年。仮に75歳で亡くなるとすれば、40年間の現役生活の間に、15年分の老後に備える計算が成り立ちました。

しかし今、100歳まで寿命が延びたことで、昔と同じように60歳で引退してしまうと、40年間の現役時代に残りの40年分の備えを迫られることになり、無理が生じます。

提唱者であるロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授は、従来と同じ生き方のままでは、自分の寿命より先に、資産寿命が尽きてしまうと警鐘を鳴らしているのですが、老後に備えた資産運用の重要性を強調している訳ではありません。

「長寿命化をめぐる議論は、お金の問題に偏りすぎている。100年ライフへの備えは、資金計画の強化だけで事足りるものではない」

と述べているとおり、現役期間の延長と健康の価値やパートナーの両方が職を持つことのメリット、社会人になってからのリカレント教育の重要性などが議論の中心です。

金融庁のリポートは、こうした一番大事な点に触れることのないまま、『人生100年時代』の議論をつまみ食いしてしまっています。

そして何より、「毎月5万円の赤字」「老後2,000万円の不足」等の言葉が一人歩きしてしまうことへの配慮もなければ、実際にシニア世代の方が読んだらどんな受け止めをするかまで想像が働かない、“上から目線”が露呈してしまった内容と言えるでしょう。

改めて、金融庁には猛省を促したいと思います。

さて、ここまでの議論も問題ですが、この報告書を使って意図的に年金の不安をあおり、政局に持ち込もうとする人たちには怒りを禁じ得ません。

月曜日の決算委員会でも、野党側の質問者からは次のような発言が相次ぎました。

「国民が怒っているのは、百年安心がうそだったと、自分で二千万ためろってどういうことかという憤りですよ」(立憲民主党)
「正直に認めるべきですよ。これから年金はどんどんどんどん目減りしていきますと」(共産党)

日本の国会議員で、一度でも真剣に年金のことを勉強したことがある人であれば、2004年に始まった年金制度改革『100年安心』プランが、年金制度における財源と給付の両面に渡り、100年の長期で収支をバランスさせる取り組みであることは、常識中の常識です。

こうした背景を無視して、意図的に年金の制度不安をあおりたてる言動は、いくら選挙が近いからといって、慎まなくてはなりません。

本年は5年に一度の年金制度の財政検証の年にあたります。

具体的な検証結果をもとに、改めて議論したいと思いますが、自公政権が取り組んだ年金積立金の運用改善の結果、この6年間で44兆円の運用益が計上されており、年金制度の持続可能性はますます揺るぎないものとなっていることを、最後に申し添えておきたいと思います。