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2012.12.3

先端医療が開く日本の未来

本年10月の山中伸弥・京都大学教授によるノーベル生理学・医学賞受賞の知らせは、日本中が沸き立つ明るいニュースとなりました。公明党が研究・開発を支援したiPS細胞ですが、今回の受賞を期に、新聞やテレビで初めて再生医療の世界を垣間見た方も多かったのではないでしょうか。

今、医療技術や治療法は急速な進歩を遂げています。私も最近、先端医療の現場を訪問して、従事される方にお話を伺う機会が多いのですが、これまで有効な手だてが見つからなかった、怪我や病気に対する画期的な治療法を幾つも目の当たりにし、その可能性に注目しています。

例えば、国内の死亡原因第一位である癌。日本人のおよそ3人に1人は癌でなくなっており、1日も早い撲滅・克服が待たれています。先日訪問した千葉市にある放射線医学総合研究所では、放射線の一種である重粒子線を使った“切らずに直す”治療法が開発されており、既に実際の治療にも活用されています。重粒子線はピンポイントでの照射が可能で、X線の3倍の効果があります。照射時間は1回あたりわずか1分。患者さんは熱も痛みも感じない、体への負担の少ない治療法です。

太い血管や神経が集まり、手術が難しい前立腺等の癌については、患者さんのお腹にあけた小さな穴からメスや鉗子をつけたロボットアームを挿入し、離れたコンソールボックスから操作を行う手術補助ロボット「ダ・ビンチ」が活躍しています。微細な箇所まで正確に手術ができ、腹腔鏡手術より断然操作がしやすいそうです。通常の開腹手術では約1,000ccもの出血を伴った手術が、ダ・ビンチを使うと100cc未満となり、輸血がほぼ不要な水準にまで下げる事ができました。その他、ペプチドワクチンの注射による治療法も、臨床試験の最終段階にまで来ています。

また、先日の日経新聞でも紹介されていましたが、再生医療による神経の移植とロボット介助によって、脊髄を損傷して足が全く動かなくなった患者さんの自力での歩行を目指す治療が、先進医療として国の承認を受け、来春から開始される予定です。この介助ロボット・サイバーダイン社の「HAL」は、私も体験させて頂きましたが、歩行の際に筋肉を流れる微弱な電気信号を読み取ってモーターで補助する仕組みで、高齢者の歩行補助やリハビリにも使うことが可能です。

これら先端医療の世界では、現在、世界各国の製薬会社やベンチャー、研究所等が研究・開発にしのぎを削っています。実用化に至るまでに莫大な投資と長い時間がかかるため、国による効果的な資金面での支援、更には承認プロセスの迅速化など規制面での環境整備などが求められています。また、市場原理に任せておくだけでは解決が難しい患者数の少ない難病治療においては、国による積極的な研究の推進も必要です。

ところで、前述の「ダ・ビンチ」。ロボット先進国である我が国の製品かと期待したのですが、バンドエイドやコンタクトレンズでおなじみの米国・ジョンソン&ジョンソン(以下、J&J)社製でした。ロボットアームの遠隔操作など、日本メーカーにはお手の物かと思うのですが、医療分野では関連特許を多数J&J社に押さえられ、今のところ独走を許しているそうです。

ここに至って思い浮かんだのが、本年民主党政権が発表した「日本再生戦略」。成長戦略のような中長期的に取り組むべきものを、なぜ一貫性のないまま毎年発表するのか理解に苦しみますが、内容を見てみると、医療を重点分野の1つとし、革新的医薬品・医療機器の創出を目指すとしています。

一見間違っていないように思えますが、そもそもこの戦略に基づいてこれまで紹介したような革新的な先端医療が出てきたのではなく、既に芽を出して勝算の見えているものを、戦略という名前をつけて列挙したに過ぎない点に注意が必要です。つまり、世間で今後成長が間違いないと言われている市場を「重点分野」と呼び、既にはっきりと姿かたちの見えている新技術を「施策」と呼び直しただけで、日経ビジネスのバックナンバーをパッチワークすれば書けてしまうような代物です。

事業戦略策定の際にもよく犯す間違いなのですが、戦略を策定するということは、市場規模の拡大が見込まれる事業領域に資源を集中投下して「頑張る」と宣言するだけでは不十分です。実情はこうした企業が多く、業界の企業が全て同じ“なんちゃって戦略”をうたっているケースが多いのですが…。戦略が意味を持つためには、どの領域で、自社(国)の強みをどう活かして、どう差別化することで、競争に勝つのかまで描き切る必要があります。

先の「ダ・ビンチ」の例に戻ると、この手術補助ロボットは、もともとイラク等の海外の戦場で負傷した兵士を、アメリカ本国の医師が遠隔手術するために開発したものだそうです。日本でもおなじみのお掃除ロボット「ルンバ」も、使われている技術は、戦場の瓦礫や障害物を乗り越えながら無人で爆発物処理をする軍事ロボットのために開発されました。

つまり、手術補助ロボットにしても、家庭用掃除ロボットにしても、既にある分野で確立した技術を活用しながら、今いる業界や既存事業といった枠組みを超えた視点で、全く新しい市場を作り出したといえます。自ら市場を創造しているので、規格作りや販路の開拓において、先行者利得を存分に享受できる訳です。

いまや国家が特定の分野に予算をつけるだけでは、一段と激しくなるグローバル競争を勝ち抜き、成長を牽引することは難しくなってきています。個々の企業や業界より一段高い視点から、国をあげての技術力やアイディアの結集、資金の拠出はもとより、業界再編も含めて力強く推進する国家戦略が、今求められているのではないでしょうか。

 

(写真は、介助ロボットスーツを装着して階段を昇った時の様子。股をあげるときに下からぐっと支えてくれるため、軽い力で階段を昇ることができます。それにしてもサイバーダイン社の「HAL」って…。映画好きにはわかりますよね)